アメリカのアーティストはYouTubeなんて無料の宣伝媒体として使っているわけだから当然気にしない。特に最近はYouTubeがないとプロモーションは無理と言ってもいい。『オレの新曲をみんなカバーして。その中で一番よかったやつに賞をあげるよ』みたいな取り組みが定番。みんなでそうやって楽しむの。まさにコミュニティを作るというマインド。けど、日本だと権利関係がうるさすぎて無理だよね —
“楽曲は無料、ライブも無料”の時代を—日本の音楽業界に挑む米国人シンガー(BLOGOS編集部) - BLOGOS(ブロゴス) (via kotoripiyopiyo)
ニコ動で良く見るなそれ。
(via mooljot-archive)
(via komahiko)
もうひとつ最近感じたこと。
工場なんかで職場を切られたひと達が、
雇用のセーフティネット、食品スーパーに結構ぞくぞくとやって来ている。
彼らは主にアルバイトとして夜間の店舗オペレーションに就く。
お醤油やサラダ油を売場に出したり、
コロッケを値下げしたり、たまにはレジに入ったり。
でも、そのほとんどが数日から数週間でいなくなる。
彼ら曰く、「きのうは品出しの仕事だったのに、なぜきょうはレジなのか」
「きのうは、7時にコロッケを値下げしたのに、
なぜきょうは同じ7時に値下げを始めたら、早いと言われるのか」
「商品の発注だなんて、そんな責任の重い仕事をするとは聞いてない」
・・・・・
毎日同じ仕事をしててもツマンナイじゃん。
と思うのは、ちょっと彼らには当てはまらないらしい。
どうも、決定的に仕事感が違うようだ。
—
makan-makanan : うなぎ小川家 下田市銀座通り
雇用のセーフティネット、食品スーパー
(via mendokusai)
(via gkojax)
(via hsbt) (via tra249) (via motomocomo)
(via h-yamaguchi) (via fka-shanghai) (via katoyuu)前職上司に言われた忘れられない言葉。「仕事とプライベートで同時に重要な問題が起こったら、プライベートを優先しなさい。あなたがどれだけ優秀でも、仕事ではあなたの代わりはいる。でも、プライベートであなたの代わりになる人はいないのだから。」ぼくが部下を持った時には必ず言おうと思ってる。 — Twitter / shinichi_taka (via 13py2)
(Source: mezotaro, via kotoripiyopiyo)
ゼロ円で受けた仕事の価値は、所詮ゼロ円の価値しかないから
「とにかく実績を増やしたいから」と安易に無料で何でも引き受けても、それは本当の意味での実績にはつながりません。無料で仕事を発注してくる人は、あなたが「無料で引き受けてくれる」事にしか価値を見出していません。
また、極端に低単価や無料の仕事は、クライアント自身のモチベーションも低い事が多く、「提供される資料や画像の品質が低い、公開後の運営の品質が低い」なんて事も。品質の低い実績を量産しても評価してくれる人は少ないでしょう。
また、「経験が乏しいから」という理由で自ら単価を下げるのは、「うまく出来なかった時の逃げ道を作っているだけ」だと言う事に気がつきましょう。うまくいかなかった時の言い訳を考えるよりも、うまくいく方法を考えたほうがポジティブだと思いませんか?
— 極端に低い単価や無料で仕事をしてはいけない単純な理由|DESIGN Oil BLOG (via katoyuu)努力すれば良い結果が出るとか、真心なら通じるとか、人間はみな同じスタート地点だとか、横断歩道は手を上げて渡りましょうとか、自分の喜ぶことを他人にしましょうとか、親の言うことは聞きましょうとか、そういう簡略化された子供管理用の「童話」を、大人になってもまだ信じてる人の厄介さは異常 —
(via katoyuu)
多重人格の人を診たことのある精神科医さんに「多重人格ってぶっちゃけどんな感じ?」って聞いたら「ぶっちゃけ、複数人のお話を聞かなきゃならないけど体は一つだから一人分の診察代しかもらえない(´・ω・`)」っていう返答のジワジワ来る感がやばくて、な・・・ — Twitter / toshibeatles (via mcsgsym)
(Source: himmelkei, via katoyuu)
結局、障害なの? 疾患なの? さらに読み進めると、このDSMに含まれる16個のカテゴリーとして「通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害」「せん妄、痴呆、健忘性障害、および他の認知障害」「統合失調症および他の精神病性障害」などが挙げられており、いっそうわからなくなる。「先天的かどうか」「治るかどうか」なんて区別で、はっきりした線引きができるものなのか、とも思えてくる。
にもかかわらず「病気ではなく障害」という理解を促す声が大きいのは、「病気ならば治るのだから、ちゃんと医学的に治療しろ」という世間の声が、「自閉症の人々にとって暮らしやすい環境を用意する」「必要とされる配慮をする」といった社会的努力を放棄させかねない、という危機感を関係者が感じるからに他ならない。当事者はみんな問題を個人に帰せられて苦しんできたのだ。
その意味では「病気じゃなくて、障害なんだ」というフレーズを繰り返すことで本当に伝えたいことは伝わらない。「治らないものなんだ」と世間に理解されて終わり、ではなく、もう一歩進んで「社会・環境上の配慮によって暮らしやすくなる」ことを知ってもらわなければいけないのだろう。「Qさま」にそこまで考えて謝れというのはなかなか大変そうだが、こうした「誤り」を批判する側にも、批判の意図を伝えられるような工夫が必要なのだろうと思う。
— 「病気じゃなくて、障害です」に込められた意味は - lessorの日記 (via katoyuu)
従業員に過重労働を強いるという「ブラック企業」を生み出しているのは、それにも増しておそろしい「ブラック消費者」とはいえないでしょうか。より安くよりよいサービスを求めるのは賢い消費者の条件であります。しかし、それが度を超えてブラック消費者になってしまってないでしょうか。
お客様は神様なのでしょうが、そのような客としての傲慢がその会社の従業員やアルバイトにしわ寄せを生んではいないでしょうか。タクシーの運転手のささいな口の利き方で腹を立てたりしていませんか。本来はサービスの受け手と出し手は平等なはずです。お客様に感謝をするのは商売人としては当たり前ですが、消費者としてもサービスの担い手にも感謝をするのが当然ではないかと思っています。
よりよくてより安いサービスを。しかし、それが行き過ぎてしまい、過当な価格競争をするのはサービスの提供者だけでなく受け手の行動にも原因があります。多少価格が高くてもより安全性の高いものがウケるということになれば、サービスの提供者も安全性を高くし少しコストをかけて、その中で価格競争をしていくでしょう。
社会全体で給料が下がっていく。給料が下がる中でやりくりをしなければいけない。だから、消費者とするとより安いサービスを提供する業者にいかざるをえない。そうなるとその業者で働く労働者にしわ寄せがくる。そしてその労働者に過重労働か賃金引き下げのプレッシャーがくる。するとその人自身がブラック消費者になって、飲食店で怒鳴る。――というバッドスパイラルが起きています。
ある意味では、今回の事故を引き起こした原因を知らず知らずにうちに私たち全員で作り出しているかもしれない。
— 高速バス事故の「事故の責任」は、あなたにも私にもあるかもしれない。ブラック企業を生み出す「ブラック消費者」という問題 | ふっしーのトキドキ投資旬報 | 現代ビジネス [講談社] (via katoyuu)(via yaruo)
ヤ、実際、実は昨年頭くらいから、ニャル子さんと関係なく何故かクトゥルフ関連書が良く動いておりまして、業界では「静かなブーム」,「謎のブーム」と呼ばれておりました。
どのくらい“謎のブーム”なのかと申しますと、どこの版元さんも
「なぜ売れているのか分からない」
と頭をひねっているとゆーくらい“謎のブーム”だったりするのです(汗)。
勤務先でも、2ヶ月に1冊売れれば良い程度の[クトゥルフ神話TRPG(旧題:クトゥルフの呼び声)]が何故か良く動いておりまして、今年の3月には4冊,4月には既に2冊も売れているという状態でして……。
――ヤ、「大して売れてないじゃん」と思うなかれ。
これ実は 6,090円 もするのですよ!
1冊で、
ワンピース約14冊分
なのです!!(笑)
(※註:これを勤務先では「14ワンピ」と呼称しております。
(単位レート:1ワンピ=420円))
人生はプロレスだ
プロレスとはコミュニケーション力であり、他者との繋がりそのものだ。
相手を一方的に論破して「俺ってすごいだろ」的なことをアピールすることは プロレス的にはレベルの低い行為だ。
相手の個性、魅力、強さを引き出し、相手を引き立たせた上で 何より試合自体をエンターテイメントとして成立させることが重要である。
天才と呼ばれたプロレスラーは「俺はホウキ相手でもプロレスができる」と言った。
上司がパワハラだろうと
組織が腐っていようと
政治に問題があろうと
僕らが結果を出していくのは当たり前だ。
問題の責任を自分以外の他者のせいにしてはいけない。
プロレスでは何よりもエンターテイメントが重視される。
フィクションとかノンフィクションとか
それ自体はコンテンツの面白さに何の影響も与えない。
「これは実話なんですが…」なんて枕詞では
本質的な意味でコンテンツの価値が上がったりはしない。
真に重要なのは、説得力であり、面白さだ。
「面白さ」こそが最優先事項で
「正しさ」とか「効率」とか「新しさ」なんて比較するに値しない。
プロレスでは試合の勝ち負け自体はさほど問題にならない。
プロレスでは1回試合で負けたからといって
自分の評価が必ず下がるわけではない。
むしろ負けることで評価を上げることさえ出来る。
プロレスでは勝率は重視されない。
リスクを恐れて格下相手に勝ち星を稼いだって何の意味も持たない。
積極的に最強チャンピオンに挑戦していくべきだ。
人生に於いても、一試合一試合の勝敗や、
小さな失敗にこだわる必要は無い。
最も重要なのは、大局的に『最強』でいることだ。
プロレスは、ガチでもないし、ヤラセでもない。
同時に、ガチでもあり、ヤラセでもある。
プロレスとは
何だかよく解らないものを
何だかよく解らないまま、そのまま受け止めるという
その状態のことを示す。
何だかよく解らないものに対して
一方的な感情で黒であるか白であるかを判断することは本質ではない。
人生はプロレスだ。
5カウント以内なら
反則攻撃だろうと何でもアリだぜ。
Never Give Up!
(via yaruo)